交通管理隊の思い出
受傷事故編

はじまり

その日は日曜、夕方から夜勤で、
ローテーションの都合から普段とは違い、自分の好きな上司達との組み合わせ。
繁忙シーズンも終わり、たいした渋滞もなくのんびりと過ごせる筈だったのだが、
その前兆が少しずつ起き始めていた。
夕方からの巡回は上司達が出て、自分は基地内で待機。
雑用をこなした後、 腹が減ったと思いながらサザエさんとNHKニュースを見ていた。
たまに高速隊が夜食を自炊するので分けて貰うときもある
この日はありつけなかったので、事前に頼んだ出前がNHKニュースが終わる頃に、
店のご主人がカッパを着て基地内に入ってきた、モニター越しで見ても路面が少し濡れているようだ。


緊張

上司達が巡回から帰ってくる前に出前を食べてしまった。
雨の日は事故が多く先に食べておく。
大きな事故や複数の出動要請があれば待機中の自分も否応が無く出動するためだ。
実際に何度も食べられなかった経験があり、空きっ腹で目を回しながら走り回ったこともある。
食事もモニターを見て緊張しながら食べる。事故が映し出されなければ良いなと思いながら。


帰隊

上司達が巡回から帰ってきた。
簡単な巡回後の書類書きを済ませて上司達は夜食、自分は巡回中にあった事故の書類書きをする。
雨の日はまず事故があるものだが、上司達は巡回中に事故処理を一件行ってきた。
何回経験しても事故処理だけは嫌なものだ。
書類書きが面倒だし、怪我をして苦しむ当事者に事情を聞いたりするのも忍びない。
この事故処理だけで終わって欲しかったが、この日の夜勤はこれが始まりだった。


最終巡回

夜も更けてきて、最終巡回に出発。自分は運転を担当。
いつものように全神経を集中し、道路やその周辺に異常がないか確認しながら走行する。
途中、数件の落下物を排除した位で、本部からの呼び出しもなく時間調整を兼ねた休憩を取る。
あとは基地に戻るだけ。
何事もなく数時間の仮眠が取れるのを期待して、基地のあるインター近くまで戻ってきたとき、
無線が入ってきた。無情にも事故の一報だった。


事故現場

無線連絡後、基地を横目に事故現場に向かう。
事故は乗用車の単独事故、中央分離帯に衝突し追い越し車線に停止しており、救急車は要請済みとのことだった。
現場は3分も掛からないすぐ近く。現場付近には照明が無いため突如として本線上に停止している事故車に衝突する、
いわゆる二次事故の可能性があるのでとにかく急ぐ。
間もなく前方でブレーキランプやハザードランプ点滅し始め路肩に滞留車両が見受けられる。事故の影響だ。
そして目の前には事故車が本線を塞ぐように横に向いて停止していた。
追い越し車線と走行車線を跨いで止まっているため、狭い路肩だけが通行出来る状態だ。
幸い直線上だったので雨の中でも視認性は悪くない。
現場に到着し降車、長めに車線規制を取れば一般車にも遠くから車線が通行出来ない事が視認出来ると思い、
積んであるすべての規制機材を出してすぐに規制をした。


突入

当事者からの事情聴取は上司に任せ、自分は後方監視をする。
深夜のため交通量は少ないが、通行可能な場所が路肩なため通りにくく、
また、どうしても事故車を見たくなるのが人の性。本線を二車線とも規制していたせいもあり渋滞が起きた。
周囲に民家もなく苦情の恐れもないだろうと、拡声器を使い渋滞中の車両に路肩を走行するよう案内をし、
わずか数分で渋滞も解消したので、案内の必要も無いだろうと判断、発煙筒の補充ため一旦巡回車に戻った。
誘導棒や発煙筒が嵩張るので、拡声器を車内に置き、再び規制地点に戻って後方監視に付く。
路肩はまだ数台が滞留している。そこへ追い越し車線を走行してくる一台の乗用車が来た。
200メートル以上先にいるが発煙筒を大きく振り路肩へ早めに余裕を持って誘導する。
しかし、減速もせずに突っ込んでくる。
たまに、嫌がらせやふざけ半分で直前まで来る車両がいるので、今回も同様な車両だと思ったが、
規制地点手前に置いた発煙筒をことごとく踏んで、減速もせず突っ込んでくる。
中には悪質なドライバーがいて発煙筒を踏みつぶして消していくのがいる。
そのうち規制機材も弾き飛ばし正面に来る。
「なんだ、こいつは?」
「間違いなく跳ねられる。どこへ逃げればいい」そう思うと、
次の瞬間、運転手と目が合った。運転手はニヤリと微笑んでいた。


衝突

突入車両はやや斜行をしながら真横を通過する。弾き飛ばされた機材が足を直撃する。
このままでは現場に突っ込む。規制の中には事故の当事者が立っていた。
その上、巡回車内で無線通報をしていた上司が進路上に降りてきた。
出来るかぎり大きな声で
「危ない、逃げろ−。」と叫ぶと、気が付いた上司が巡回車の中へ飛び込んだ瞬間
滞留車両への接触を避けて蛇行した突入車両が巡回車に衝突した。
次の瞬間、上司が道路上に弾き飛ばされていた。


生死

雨で濡れる路面に上司が横たわっていた、最悪な結果が脳裏をかすめる。
現場は規制機材を弾き飛ばされ、更に突っ込まれる恐れがある。
予備に持っていた発煙筒を使い、規制しながら上司のもとへ走る。
走りながら指令室へ連絡するため携帯無線を使用するが応答がない。
携帯無線はあまり性能が良くなく、普段は車内に置いてあったのだが、
この時は不思議と持っていた。(結果的に役に立たなかった)
駆け寄ると上司はピクリとも動かない。
数回大声で呼びかけると、痛む場所を手で押さえ、かすれた声で反応した。
とりあえず外傷は見当たらない。一瞬ホッとしたが状況は最悪なままだ。


犯人

上司が指を指した方向に巡回車に衝突したドライバーがいる。
何やら通行者に謝っているが様子がおかしい。
普通なら跳ねた人間を気にすべきなのに、
事故の際に接触しそうになった高級車のドライバーに謝っている。
そのおかげで、後続車が滞留している。
駆け寄るとこのドライバー、千鳥足でふらついていた。
甘い香りがする。アルコール臭だ。このドライバー、
飲酒運転だったのだ。
あまりの非常識さに頭に血がのぼり
「なにやってんだー」と怒鳴ってしまった。
接触しそうだった車両のドライバーが唖然としていたが、後続車が滞留しているので発進を促した。
犯人が逃走しないようにナンバーを控え、監視しながらようやく本部に無線通報を行った。


応援要請

本部に通報し状況を説明する。
随分と前のことなので内容はほとんど覚えてないが負傷状況など説明したうえで、
基地に待機している上司の応援を要請したのは覚えている。
一通りの通報が終わった直後
「ただいまの無線傍受しました。応援に向かってよろしいですか?」
隣接基地からの無線だ。
本部も応援に向かうように指示を出してくれた。思わず、ホッとする。
この時点で、最初の事故発生から30分が経過していたが、
現場には救急車はおろか、高速隊も来ていない。
今までに経験したことのない悪夢のような状況で、一人でいることがとても辛かった。


悪夢

受傷事故が起きてからどれくらいたっただろう。ようやく救急車が事故現場に到着した。
本来は後方監視をしなければならないが、受傷した上司を救急車に載せ、搬送先を聞くために救急車に向かう。
救急隊の無線のやり取りを聞きながら、最初の自損事故の当事者と上司の様子をみる。
自損事故の当事者は普通にしていて、とくに苦しんだり痛みを訴える様子もない。たいしたことなさそうで良かった。
しばらくして救急指定された病院に搬送されるのが決まったのだが不安がよぎった。
苦しむ上司をみて「この症状で?あの病院?大丈夫なのか?」
あまり評判のいい病院ではなく、悪い噂もあった気がする。
やがて高速隊も到着し、現場検証が始まる。そこへ応援の隣接基地の管理隊も到着する。
しかし自分の基地からの応援は一向に来ない。基地に待機している上司は何をしているんだろう?
そう考えながら状況を説明していると、なにげなく反対車線に目を向ける。現場は照明など一切ない真夜中の高速道路。
回転灯を点灯させた車両が4台もいる。なんだろうと脇見をする車がいて当たり前だが、そのうちの一台が猛スピードで走行していた。
そのドライバーと目が合ったのだが、その前方には速度差の違う車が走っている。目が合ったまま前車に追突した。
まるでスローモーションを見ているように、大きな衝突音がし、ドライバーの顔が歪む。
双方が衝突のはずみで中に浮く、ガラスが飛び散り、外れた部品が路面を転がる。
そして無残に壊れた車が2台、そこにはあった。ついに3件目の事故が起きた。
事故が事故を呼ぶと言うが、もはや自分の手に負える状況ではない。雨の深夜。まるで悪夢。


高速道路の思い出